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第47号 バガバッド・ギーター 第14章要約

  • バガバッド・ギーター……第十四章要約

 聖バガバッドは告げた。

 私は更に知識のうちで最高のものである、至高の知識について説こう。それによって全ての聖者たちが、この迷いの世界から離れ、最高の成就に達したところの。1

 善性(サットヴァ)、動性(ラジャス)、暗性(タマス)という、根本原質(プラクリティ)から生ずる諸要素(グナ)は、不変の真我に肉体をまとわせる。5

 そのうち、善性は汚れないものであるから、輝き照らし、患いのないものである。それは人に幸福と知識をもたらす。6

 動性は激情を本性とし、渇愛と執着とを生ずるものであると知れ。それは、あらゆる行為を人にもたらす。7

 一方、暗性は無知から生じ、人を迷わすものであると知れ。それは、怠慢、怠情、睡眠を人にもたらす。8

 善性は幸福をもたらし、動性は行為をもたらす。一方、暗性は知識を覆って怠慢をもたらす。9

 善性が優位になるとき、動性と暗性は抑制される。動性が優位になるとき、善性と暗性は抑制される。そして暗性が優位になるとき、善性と動性が抑制される。10

 一切の感覚器官に知識という光明が生じる時、善性が増大したと知るべきである。11

 貪欲、活動、諸行為の企て、躁状態、切望などは動性が増大したときに生ずる。12

 無知、無活動、怠慢、迷妄などは暗性が増大したときに生ずる。13

 善性に依存する者は天界へ行き、動性の者は人間界に止まり、最低の要素(グナ)の活動に依存する暗性の者は畜生界に行く。18

 この善性、動性、暗性という三要素が人間における行為の源であり、知識ある者がそれらより高いところに位置する真我を知る時、彼は私(神)の状態に達する。19

 心身を生じさせるこれら三要素を超越した後、人は生老病死から解放されて不死に達する。20

 

  • 解説

 善性、動性、暗性という考え方については、是非理解して自分を顧みる際のものさしにしていただきたいと思います。

 例えば、瞑想中、眠くなるのは暗性が優位になっているときです。あれこれ雑念が渦巻いて、取り留めもない場合は動性が優位になっているときです。スーと気持ちよく、爽やかで、しかも精神統一されているときは善性優位のときです。

 ヨーガを続けていれば必ず善性が増してきます。時に暗性が増して、教室に出かけるのが面倒になったり、動性が増して、別な用事に振り回されることもあるでしょうが、ヨーガを続けようと言う気持ち自体が善性の発想と言えます。

 暗性優位になっている人は、だらだらと怠けることを好み、積極的であることを嫌います。そういう価値観をもっているので、善性、動性的な態度を憎みさえします。動性優位になっている人は、自らを急き立て、いつも忙しそうにし、働くこと、ものを蓄えること、遊ぶこと、食べること、そして名誉などに執着し、そういう価値観から全てを判断します。善性優位の人は心にゆとりを持ち、生活は規則正しく、よく義務をわきまえ、無駄な行動を慎みます。

 しかし、ギータはこの善性、動性、暗性も私たちの属性に過ぎないと諭します。それらを超越し、本性である真我に目覚めよと言います。真我に立脚するとき、自分の中の善性的な働きも、動性、暗性的な働きもつぶさに見ることができます。その時、あらゆることに洞察深くなり、智慧に満ちるのです。

1996年8月22日