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第35回 バガバッド・ギーター 5 理論によるヨーガ

  • バガバッド・ギーター……第二章(39~53) 理論によるヨーガ

 ここまで、哲学的な考察による知識のヨーガを説いた。次にカルマヨーガによる智慧を聞け。その智慧によって心を統一すれば、あなたは因果に束縛されることがないだろう。39

 そのとき、すべてのことが思い通りに展開し、挫折することがない。このカルマヨーガの教えのごくわずかでも、輪廻やカルマという大いなる恐怖から人を救済する。40

 この世においては、解脱を目指そうとする智慧が最高のものである。しかしこの唯一の目標を欠いた者たちの智慧は多岐に別れ、とりとめがない。41

 愚者たちはヴェーダ聖典の言葉に喜び、これが最高であると説き、そこに書かれた華々しい言葉を語る。42

 欲望に引きずられ、ヴェーダの祭式で天界に生まれようとする彼らは、そうした行為の結果として再びこの世に生まれ、飽くことなく享楽と権力を目指す多種多様な儀式についての華々しい言葉を語るのだ。43

 その言葉に心を奪われ、享楽と権力に執着する人々が、智慧が確立し、解脱の境地に住することはない。44

 ヴェーダの祭式は現象界を対象としている。アルジュナよ、現象界と相対の世界を離れよ。現象界の中にあっても善なる性質に立脚せよ。物質欲を離れ、自己を制御せよ。45

 いたる所で水が溢れているとき、井戸は無用である。同様に、真実を知るバラモンにとって、すべてのヴェーダの祭式は無用である。46

 あなたの職務は行為そのものにある。決してその結果にはない。行為の結果を動機としてはいけない。また、何かを行えばその結果に束縛されるからといって、何もしないことに執着してはならない。47

 アルジュナよ、執着を捨て、成功と不成功とを平等に見るというヨーガの智慧の上に立ち、諸々の行為をせよ。ヨーガとは一切のものを平等と見る超越的な境地でなのである。48

 結果を動機とする一般の行為は、このヨーガの智慧よりも遥かに劣る。この智慧をよりどころとせよ。結果を動機とする者は哀れである。49

 智慧を備えた人は、この世で、善を動機とすることも悪を動機とすることもなく、善悪ともに捨てる。それ故にヨーガの平等の境地を目指せ。ヨーガとは諸行為の上に智慧を確立することである。50

 智慧を備えた賢者たちは、行為から生ずる結果に執着することなく、この世に生まれいでたという輪廻の束縛から解脱し、煩いのない境地に達する。51

 あなたの智慧が迷妄に満ちたこの世の汚れを離れるとき、あなたはあなたを翻弄するようなものを厭うようになるだろう。52

 あなたの智慧が揺るぎなく確立し、もう迷妄に惑わされることもなくなったとき、あなたはヨーガの境地、すなわち三昧の境地に達するであろう。53

 

  • 健康……運動をしないと血がつくられない

 骨に刺激が加わると、ピエゾ電流という電流が流れ、骨芽細胞の働きを活発にし、骨を丈夫にします。また、骨髄機能も高まるので、新鮮な血液が増え、免疫細胞も増えるのです。 無重力状態では、骨に負荷が掛からないので、一日で血液が約一割減少し、八日で骨のカルシウムが二割以上溶けだし、いわゆる骨粗しょう症になるのだそうです。体も頭も使わなければ、あっと言う間に衰えるということです。

 幼児の頃は、全身の骨の骨髄で血液を造っていますが、大人になると肋骨や胸骨、背骨などの短い骨や扁平な骨で骨髄は造られると言われています。ですからそれらの骨に刺激を加える運動が、骨を丈夫にするためにも、新鮮な血液を造るためにも、免疫力を衰えさせないためにも重要ということになります。ヨーガのコブラアーサナやすきのアーサナ、その他いろいろなアーサナが、これらの骨に刺激を与えます。ヨーガを日々行う人は骨粗しょう症知らずです。(倉本英雄著『はつらつ人生を送るために』要約)

1996年4月1日