第31回 バガバッド・ギーター 1

  • バガバッド・ギーター……1

 インドでもっとも愛読されている聖典『バガバッド・ギーター』(至高者の詩、以下『ギーター』と略す)は、日本でこそ知る人は少ないのですが、世界的には古くから親しまれ、多くの哲学者や宗教者、詩人に影響を与えてきました。

 『ギーター』は十八巻よりなる物語『マハーバーラタ』の第六巻に編入されていますので、『ギータ』に至るまでの物語の概要を以下に示します。 『ギーター』を理解することは、ヨーガの思想の理解だけでなく、インド哲学の理解、世界中の宗教の本質の理解、ひいては人生に対する深い洞察と理解につながります。仏教の経典が理解し難かったり、饒舌過ぎる傾向にあったりするのに比べて、『ギーター』は要点が短くまとめられているので理解が容易です。容易ですが、その内容は仏典やキリスト教の聖書に劣るものでは決してありません。そこで「新ヨーガ講座」ではこの『ギーター』を私なりの口語訳で、皆さんにお届けしたいと思います。参考にしましたのは、岩波文庫『バガバッド・ギーター』上村勝彦訳です。

 

 クル族の王、パーンドゥにはユディシティラ、アルジュナ、ビーマ、ナクラ、サハデーヴァという五人の子供(パーンダヴァ兄弟)がいたが、ある日、鹿の姿をして彼の妻と交わっていた隠者を鹿と間違えて射殺してしまったために、その呪いによって、彼が妻と交わっているときに急死してしまった。そこで盲目であった兄のドリタラーシトラが王位を継承する。彼にはドゥルヨーダナをはじめ、多くの王子がいた。

 パーンダヴァ兄弟は何かにつけてドリタラーシトラ王の息子たちを凌駕していたので、王子ドゥルヨーダナは激しく嫉妬し、パーンダヴァ兄弟を殺そうと企んでいた。しかしパーンダヴァ兄弟が五人の共通の妻としてドラウパディを娶ったのを機会に、ドリタラーシトラ王は彼らに王国の半分を与える。 五兄弟の内、最も武術に優れたアルジュナは旅の途中、神の化身クリシュナに合い、以来、二人の親交が始まる。

 あるとき、王子ドゥルヨーダナはユディシティラを賭に誘い、その領地、財産、妻、五兄弟の地位のすべてを奪い取ってしまう。そしてパーンダヴァ兄弟は十三年間森に潜むことになった。そして十三年後、クリシュナの提案により王国の半分を譲り受けるための折衝に向かうが聞き入れられず、パーンダヴァ兄弟は戦いを決意する。クリシュナは公平を期するために彼の強力な軍隊をドゥルヨーダナに与え、彼自らはアルジュナの戦車の御者となった。

 f:id:heartopen:20170411165654p:plain横笛を吹くクリシュナ

第一章(要約)<アルジュナの悲哀>

  神聖なる地に両軍は対峙し、互いに法螺貝を鳴り響かせ、合戦はまさに始まろうとしていた。アルジュナはクリシュナに告げた。「両軍の間に私の戦車を止めてくれ、不滅の人よ。私がこれから戦おうとしている相手は誰なのかを見るために。」

 アルジュナはそこに父親、祖父、師、叔父、兄弟、息子、孫、友人たちが立っているのを見て、この上ない悲哀を感じ、口が干からび、身体はふるえ、総毛立った。

「我らはあの人々のために王国と享楽と幸福を望んだが、その彼らが、我らの敵として、生命と財産をなげうってこの戦いに臨んでいる。私は彼らを殺したくはない。

 一族の滅亡において、永遠なる一族の美徳は滅びる。美徳が滅びるとき、不徳が一族を支配する。不徳の支配により、一族の婦女たちが堕落し、そして四種姓(カースト)の混乱が生じる。そして一族は地獄に堕ちるのだ。

 もし、ドリタラーシトラの息子たちが、合戦において武器を取り、無抵抗の私を殺すならば、それは私にとってより幸せなことだ。」

 アルジュナはこのように告げ、戦いのさなか、戦車の座席に座り込んだ。弓矢を投げ捨て、悲しみに心乱れて。

1996年2月23日